ビジネスマンの手帳|公式ブログ

外見と中身のアンバランスは不幸だ

2011.03.05

JR××駅を出て右手ヘ1分歩く。大きな白い百貨店の1階、吹き抜けのフロアの宝くじ売り場前に午後3時。冬のある日、私は24歳の青年と待ち合わせをしていた。人影のまばらな吹き抜けのフロアへ、ライトが7つ、強い光を落としていた。中央のエスカレーターは、黙々と無人の階段を運んでいた。宝くじ売り場の脇の丸い大きな柱に寄りかかるようにして男の人が立っている。色の落ちた黒の半コートにスラックスにスニーカー。単行本を2冊小脇にはさんだまま、右のポケットを探っている。懐中時計をとり出すと、蓋を開けて文字盤に顔を近づけ、周囲をきょろきょろと眺め、また文字盤に視線を落とす。私は近寄って、声をかけた。男の人は声に反応して、スッと顔をあげた。その時、涼しい風が動いたような気がした。黒い瞳が、透き通る川底に置かれた石の影のように揺れた。名前を聞くと、やはり彼だった。たしか電話では、今日は夜勤あけになると言っていたけど、お疲れじゃありませんか?「大丈夫です。明日は休みですし」。小さく笑う口元の端の方が、ピリリと緊張していた。ここは家電やコンピューター、プラスチックなど化学製品の工場や研究所が集まっている町だ。彼もある工場で、コンピューターのオペレーターをしているという。私たちはエレベーターで脇のホテルの10階へ上った。見晴らしのいい喫茶店があった。雨滴の痕がうっすらと残るガラスの向こうに、四角い巨大なビルが5つ並んでいた。ビルとビルの隙間には小箱を積み重ねたような建物がひしめき、遠くに赤と白の煙突がかすんで見えた。「仕事の内容は馬鹿みたいなもの。流れてくるデータを整理して打ち込むだけ。自分で考えたりすることはほとんどない。たまに投げ出したくなりますよ。でもね、どんな仕事でも投げ出したくなるのは同じだから」。彼は手術の動機をこんな風に説明した。「軟弱な自分につりあった、軟弱な顔が欲しかったんです」。5つの診療所を訪ねて直接話を聞き、その中から医者を選び、「派手な二重はいやだ、とにかく柔らかい目にしてほしい」と頼んだという。局部麻酔で目頭を切開した。手術後1週間でやや腫れが引いて外界が見えるようになったので、仕事に出た。約1カ月ほどで全体の腫れも引き、希望通りに「きつい一重」が「柔らかい二重」になった。費用は30万円。もちろん自分で負担した。すべてのことを自分の意志で進めたし、手術の結果にも満足している、と言った。「最後まで心配だったのは失敗だな。腕のいい先生だと信用してたけど、手術中に地震が起こらない保証はないでしょ。最近、ぐらりとくるたびに思うんだ。ああ、今どこかで誰かが整形手術を受けていなければいいなって」。私は彼に会った時から、その目に魅きつけられていた。人工的に加工した違和感がなく、顔全体にすっきりと調和している二重。何よりも2つの瞳がきれいだった。湧き水の源のように、絶えず澄んだものを外へ分泌している。でも当の彼は、「因縁をつけられなくなって嬉しい」としか言わない。きれいになった、という意識はないのだ。「電車の中なんかで、パンチパーマの人にからまれるんですよ。一重で細くてきつい目だったんで、喧嘩ふっかけているように見えたらしいんです。高校の先生にも、「その反抗的な目はなんだ」とか「お前は目付きが悪い」とか、しょっちゅう言われて、それがすごくいやで」と視線を落とすと、そこには私の1.5倍はありそうな大きなこぶしと、ゴツゴツと硬そうな関節が並んでいた。「ほら、これも見かけだおし。空手のせいでこんなに大きくなったんだけれど…軟弱な性格とギャップがありすぎて、いやでしょうがない」。どういう手ならいいんですか?「ピアニストみたいな細い指なら、弱い奴だとわかるのにな。外見と中身のアンバランスって、不幸ですよ」「すごくいやです、自分の手」と彼はもう1度くり返した。あなたは人を外見で判断するタイプ?「僕って精神的にちょっと歪んでいるのかもしれないな。形のきれいなものが好きなんです。人でもモノでも。その存在がもつ視覚的な気持ち良さっていうのがすごく重要なんです」。たとえば恋愛でも?「僕、具体的な恋愛体験はないんです」と、彼は恥じる風もなく言った。「女の人って、きれいだから好きなんだけれど、つきあいたいとは思わない。もしかしたら、内面が見えてしまうのがいやなのかな…。美容整形にしても、失敗とかリスクの問題を別にして言えば、きれいになる可能性のある人はどんどん手術するべきだと思うんです。道徳的なこだわりって、まったくありません。こだわる人の方が不思議だな」。こだわらない方が不思議ですよ、私にすれば。「僕ってきっと、へんなんです。道徳的な影響を受けないで来たんです、ずっと観察者だったから」。そう言って彼はしばらく黙りこんだ。そして第三者の話のように言った。「小学校の時は体を鍛えようと思って一生懸命体操をやったんですよ。でも、ぜんそく持ちで転地療養にいかされることになって。やっと学校に戻って、空手を始めた。ブルース・リーみたいに強くなりたかった。でも交通事故で腰を痛めてしまって、全部がおじゃん。腰が治って、さあ陸上やろうと思ったら、またぜんそくがぶり返して…なにか始めるたびに挫折して、新しいことを始めるのがおっかなくなってしまって。僕は体が弱かったから、よくいじめられました。中学の年代って、敏感で傷つきやすいでしょ、毎日が地獄みたいだった。そのうちに自分を守るためなのか、外側から眺めるくせがついたんです。いじめられている自分を、まるで登場人物の1人みたいな感じで外側から見る。『世の中にはこんなこともあるかな』って。それで少しは苦痛が減った。それからだんだん参加しないで外側から見るだけになっていって。道徳っていうのは、社会に参加している人たちが集団を運営していくためのルールでしょ。だけど観察者は外側にいるから、道徳に影響されないで済むんです。そのかわり」と彼は言った。「まったく無力なんです」。手術後、会社の人はどんな反応を?「前から『手術して柔らかい目にする』って言ってたから、驚きませんでした。『印象が柔らかくなった』って言われて気分がいい。でも手術は片方の目に5、6本もの麻酔注射。これが痛くて痛くて、二度とやりたくない」。他にも手術を受けたいと思った箇所がありますか?「…顔の皮膚の移植。僕、皮膚が汚いから。それから、鼻と頬にシリコンを入れる予定だった」。問題あるのかなあ?顔、整っているように見えるけど?「おやじの顔、頬がコケているんですよ。あんな貧相な顔になるのが嫌で嫌で。将来を想像するとぞっとする。おやじはね、手術についても反対で、『男がなんだ!』って、いまだにその話題が出ると怒るんだ。頑固オヤジだからしょうがない。母親は、本人がやりたいんならしょうがない、って感じなんだけれど」。ふと、思い当たることがあった。中学生のころ鏡をのぞきながら、親に似ている部分をどうにかしたい、と強く感じたことがあった。親子の血の絆というのは、目や鼻や輪郭の形など、どこかにはっきりと刻印されている。親に反発すればするほど、自分の顔の中にずうずうしく場所を占めている、親とそっくりな「パーツ」がいまわしい。そのうち子は口論や家出という手段で、親との血の絆を荒々しく切り、外へと飛び出していく。生まれ落ちてから自分の回りに自然にあったものをけちらした時もう一度、「私ってなに?」と自問し、自分の存在の根拠を探し、ひとりぼっちになっても生き続けることの理由を見つける。しかし、手術で簡単に、親子の刻印を消し去ることができるとするなら?どんなに楽にひとりぼっちになれるだろう。めんどうくさい血の関わりを、親の心も自分の心も傷つけることなく密かに捨て、家族という共同体からサッサと逃げることができるとしたら…。現代の美容外科手術は、血縁を手軽に捨てたい、という若い世代の欲望にもマッチしているのかもしれない。彼は、『山の焚火』というスイス映画が好きだ、と言った。私も偶然同じ映画を見ていた。それを告げると、彼は顔一杯に人なつっこそうな笑いを浮かべた。「ホント?見たの?うれしいなあ。マイナー映画だから友達にも見た人がいないんですよ。ほら、少年の目の高さで、険しい山の斜面を切りとっていくでしょ。ただ自然を賛美するのでもなくて、過剰な思い入れもなくて、一枚一枚カミソリで風景をスライスしていくような映画ですよね…」。そして彼は、自分の過去を振り返る時も、映像的な断片が浮かび上がる、と言った。それは物語ではなく、感覚的な情景の一枚一枚だ、と。だから僕がもし、ものを書くとしたら、ずっと年をとった時点に立って、現在を振り返る形だろう。背中にあたった午後の陽の暖かさ、僕をとり囲む音、触感。一枚一枚の映像を、文字で描いてみたい。「でも…。結局自分からなにも表現できない。表現したいけど、ぜんぜんお話にならない。映画は見るだけ、音楽は聞くだけ、小説は読むだけ…。健康でも、美でも、すべて僕の外側にあるんです。自分のものになるのが一番いいわけだけど、いつまでたっても外側。それが、とてもつらい。目も耳もふさぎたくなる。そうすれば楽かなって。でも本当は、それも無駄なんだよね」。そして彼はちょっと間をおいて、こう言った。「これから先、いろいろな欲望がはげ落ちていく感じ。あらゆることに興味を失っていくみたい。このきらびやかな日本がいつまでも続くとは思えない。不安はみんな持っているみたい。僕には関係ないけれど」。関係ない…どういう意味?「僕の人生は短いから」。っていうのは?「長くは生きない。この先、交通事故の後遺症のリューマチで苦しむことは確実なんですよ。医者がそう言ってる。ぜんそくでさんざん苦しんできたのに、これ以上の苦しみなんて」。自分で自分の終わりを設定する、ということ?まだ先にいいことがあるかもしれないじゃない?「最高にいいことは、14歳の時に終わったんです」。抑揚のない静かな声で彼は言った。「中学一年の時なんですけど、いじめられていた僕をある先輩が助けてくれたんです。それから僕はその先輩と一緒にいることが多くなりました。先輩も僕がチョロチョロついてまわるのを迷惑がらなかった。小説のこととか、学校のこととか、いろんな話をしたな。先輩は背が180センチくらいあって、柔道と剣道の段を持っていて成績も抜群でね。顔も体も整っていて男らしくて、運動だけじゃなく文芸部にも入っていて、とにかく完璧な人だったんです。僕、先輩に魂の結びつきみたいなものを感じていた。一緒にいると、これだっていうものを掴んだような充足感があったんです。ずっと先輩についていこうと思った。僕が中学三年、先輩が高校二年の時。先輩の家へ電話をかけたんです。そしたらお母さんが出て、今日、オートバイでトラックに巻き込まれて即死したって。信じられなかったな。あんな完璧な人が死んで、僕みたいなのが生き残るのが」。後を追うなんて人生から逃げることだ、卑怯だ、と友達に言われた。それから彼は先輩が通っていた高校へ進学した。その後、大学へ進んだが授業に興味を失っていた。単位を落とし、中退した。しばらくアルバイトをやって、今の会社に入社した。「採用してくれるなら仕事の内容はどうでもよかった」と彼は言った。働いて貯めたお金で手術を受けた。先輩があなたの整形のことを知ったらなんて言うだろう?「怒るだろうな、『男のくせに』って。『顔ばかりにこだわるな、もっと中身を磨け』って、悲しむだろうな」。ちょっと意外なことばだった。彼は大切な先輩が反対するようなことを敢えて選択した。「でも、最後にはきっと許してくれる」。彼は先輩と出会った頃の容姿に、積極的な評価を与えていた。「自分で言うのも変だけど、中学一年生の頃の僕は、肌もきれいで目付きも悪くなかったんです。それなりに見られたんです。先輩が助けてくれた理由には、僕の外見のせいも絶対にあったと思う」。それが彼の思い込みかどうかはわからない。蜜月は過ぎ、彼は一人ぼっちになった。「あの時一緒に死んでいれば僕の人生は完結したのに」と彼は言った。先輩の死のせいで実際に彼の目付きが悪くなったのか、それとも大切なものを喪失した後、「目付きが悪い」というコンプレックスが彼の内部で強烈に意識され、他人のちょっとした反応に過敏になったのか…。とにかく一重の目が彼の生活を邪魔するようになった。彼にとっての問題は、「ガンつけてる」とからまれ、観察者でいたいのに当事者にされてしまうということだった。彼はすべての「参加」を断念し、「見る人」に徹する道を選んだ。目の手術は、当事者にならないためにはどうしても必要な手段だったのだろうか…あれこれと思いめぐらす私を、彼は静かに見ていた。そして彼は夕暮れていく窓の外へ視線を移した。空は紫色から紺色へ新しい色に染まり始めていた。横断歩道を行く人の姿が小指くらいの大きさに見えた。トラックの赤いランプだけがチカチカと鋭く明滅していた。

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